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コラム/近況報告
掲載日: 敷地・地盤

タイトル擁壁がある土地を購入するとき気をつけたいこと(4)

◆既設擁壁の危険に気づかず不動産を購入してしまったら
◇誰かに必ず責任を問える?
 不動産購入後に購入地や隣地の既設擁壁が危険だと発覚した場合、買主としてはその危険性を除去したい、それができないのであれば不動産を売主に戻したい(もちろん購入代金は返してもらいたい)、そのような不動産を購入したことで生じた損害を賠償してもらいたいとなどと思うでしょう。
 そうした要求を法的に構成すると、売主に対する契約不適合責任や契約錯誤取消(令和2年改正民法施行前の契約であれば、瑕疵担保責任や契約錯誤無効)の請求、売主や仲介業者の説明義務違反(不法行為)についての損害賠償請求ということになります(※1)
(※1)土地造成業者が特定でき、時効などの問題もない場合にはその業者に対する損害賠償請求も考えられますが、この記事では触れません。
 契約上の責任や有効性に関する請求について共通して問題となるのが、その擁壁の危険性は、売買契約上織り込み済み(契約上予定されていた土地の性能)であったのかそうでないのかという点です。事件処理の関係で、不動産売買契約の内容評価(予定された目的物の性能)に関係する裁判例をこれまでにかなり調べましたが、売主や仲介業者から買主にどのような説明がなされたか(説明義務違反の不法行為責任とも密接に関わる点)、契約当事者の属性や認識、売買代金の設定、その他契約にまつわる諸事情が判断要素とされています。
 擁壁に外観からわかる施工不良(技術基準違反)や不具合事象が全くない、(技術基準違反があったとしても)買主が建築や土木に関して素人であり、擁壁に求められる性能や技術基準自体を知らない、売主や仲介業者から擁壁に関係する説明は全く受けていないというような場合、擁壁の危険性は、契約上織り込み済みの土地の性能とはいえないでしょう。
 先般解決した事件では、売主側は、重要事項説明書に添付された何十頁もの定型説明資料(不動文字印刷)に、建築確認制度に関する「建築当時は適法であったものが、その後の法令改正によって違反状態になってしまうことがあります。この場合は『既存不適格建築物』と呼ばれ、直ちに是正する必要はありませんが、建替えはもちろん増改築工事等を行うときは、原則として適法状態にしなければなりません」という記載があることをもって、擁壁が「既存不適格」であることは買主に説明していたと主張していました。さらに、非常に古い物件であることは買主も認識していたとして、土地周りの擁壁が現在の技術基準に適合していないことは契約上織り込み済みであった(説明義務違反もない)というのが売主側の主張でした。
 しかし、売買契約時に重要事項説明書の定型説明資料が全て読み上げられたとは考えられませんし、仮に読み上げられていたとしても、上記の記載内容を、土地周りの既設擁壁が「既存不適格」であることの説明だと解釈する人はいないでしょう(明らかに、「既存不適格」な建物を増改築する際の注意事項です)。また、物件が古いという事実は、擁壁に関する技術基準の存在やその成立時期について知識のない一般人にとっては、物件周りの擁壁が現在の技術基準からすると安全ではないということまで察知させるものとはいえません。
 では、売買契約書や重要事項説明書の本体に、「本件土地や隣地の既設擁壁は非常に古く、既存不適格です」と特記されていた場合はどうでしょうか(契約書や重説本体の記載事項は、契約時に読み上げられていると通常は認定されるはずです)。
 法律用語ですらない「既存不適格」という単語が一般に浸透しているかという問題がまずあり、単に上記の文言がそのまま読み上げられただけであれば、擁壁が現在の技術基準に照らして安全でないことの十分な説明ではないとも言えそうです。しかし、「擁壁」と明記した説明文言が契約書等に特記されていれば、契約に際して「擁壁」に関する特別な注意喚起がなされていることは明らかであり、売主側が「既存不適格」の意味(現在の法令基準に違反した状態であること)を口頭で補足説明したと主張すれば、その言い分(ひいては、擁壁の危険性に関する説明実施)が認められるということはありそうです(ここまでは、訴訟であれば事案のその他事情や裁判官によって評価が分かれうる限界事例といえそうです)。
 仮に、「既設擁壁は非常に古く、現在の法令基準に適合していません」という記載だとすれば、裁判になった場合、擁壁が上記基準に照らして安全でないことの説明があったと認定される可能性がかなり高いと思います。買主が、「いや自分は素人だし、擁壁が法令基準に適合していないということが危険ということだとは思わなかった」と主張しても(実際にそうであっても)、擁壁の危険性が契約上予定されていなかったという評価の獲得はなかなか厳しいように思います。

 なお、訴訟継続中の別件のケースですが、やはり、重要事項説明書に「擁壁」に関する直接的な説明はないものの、法令に基づく建築制限の説明箇所(備考欄)に、(建物)「建築時には××市建築指導課への崖相談が必要となる場合がございます」という説明書きがありました。
 買主に建築実務の知識がある場合、この説明をもって「崖相談とは、建物の建築確認申請にあたり、建物が崖崩れ被害を受けない建築計画であるか確認機関と協議する手続きである。擁壁が設置された崖の場合、擁壁築造時の工事検査済証が存在すれば崖相談は不要だが、そうでない場合は建築士による擁壁の現況調査を踏まえた崖相談が必要であり、擁壁が安全性であると判断できない場合には建物の崖崩れ対策をとらなくてはならない。つまり、崖相談が必要かもしれないということは、擁壁が新築時の工事完了検査に合格しているとは限らないということである。擁壁の現況によっては安全であると判断できないかもしれない。」ということまで理解できるかもしれません(そもそも、建築知識のある買主であれば、擁壁の現況外観から、建物建築時に崖崩れ対策を求められる設置状況かどうか程度はわかるでしょう)。しかし、「擁壁」の単語すら出てこない上記の説明内容は、既設擁壁の危険性(というより、安全ではない可能性)を一般の人に示唆するものだとはいえません。
 これが、「本件土地の擁壁は工事完了検査に合格していることが確認できず、建物建築時には、擁壁の現況調査ならびに建築指導課との崖相談が必要となる場合があります。調査により安全であると判断できない場合、建物の崖崩れ対策が必要となります」という説明であった場合はどうでしょうか。事案(売主等に対する請求内容)との関係で、なかなか微妙なケースだと思います。上記のような説明は、崖に関する建物の建築規制(「敷地の安全」規定やがけ条例)についての注意喚起を主眼とするもので、擁壁の実際の危険性に着目した記述でないところがミソです(※2)
(※2)補足すると、崖(既設擁壁)が安全でなくても、建物建築にあたって崖関係の建築規制が及ばない場合があります。例えば先述の通り、(崖の存在とは無関係に)軟弱地盤対策として建物の基礎杭や地盤改良杭を採用する場合、土地の下側にある崖との関係では必然的に建物の崖崩れ被害対策ともなることから、建築確認申請にあたって、(土地の上側に崖がない場合は)既設擁壁の安全性調査や崖相談は不要です。
 また、既設擁壁の安全性判断に関する運用は建築確認機関(特定行政庁)によってまちまちですが、要求されるのは基本的に外観調査であり、掘削等の詳細調査(石積擁壁が練積みであることや基礎の構造確認など)までは通常求められません。そして、外観上の技術基準違反が軽微な場合には、安全性に問題なしと判断されるケースもあります。
 売買契約時に上記の説明がなされていた場合、「建築規制の関係上、建物建築時に崖対策が必要となるかもしれない土地であることは契約上織り込み済み」であることはほぼ確実でしょう(※3)
(※3)もっとも、土地売買契約の重要事項説明書に、がけ条例の建築規制に関する説明(擁壁について関係官庁から指導を受ける可能性や、がけ条例の適用を受ける可能性についての記述)があるという事案について、当土地と隣地高低差の「がけ」該当性や、規制適用除外要件としての擁壁の安全性判断が一般消費者には困難であるとして、買主の過失を否定した(建築規制が土地の「隠れた瑕疵」であることを認めた)東京地裁平成25年2月5日判決などもあります。かなり消費者に優しい判決という印象です。
 しかし、建築規制との関係では通常判明しない、著しく危険な擁壁の施工不良(石の空積みや、基礎の未施工など)が契約後に発覚して訴訟となった場合、買主としては「そのような危険性までは契約上予定されていなかった」と主張することになるでしょう。一方、売主は「建築規制との関係であろうと、擁壁が安全でない可能性については説明している。安全でない可能性があるということは、著しく危険であることも織り込み済みである」と主張すると思われます。
 契約時の説明内容以外の事情も踏まえた、裁判所の判断はどうなるでしょうか。

◇少なくとも、応急処置はした方がよいです
 購入した土地周りの擁壁が危険だと判明して売主等と係争になった場合、最終的にこちらの請求が認められるとしても、解決までに相当の期間を要します(危険な不動産を引き取ってほしいという要求に売主側がすんなり応じてくれることはほぼないので、裁判になることは覚悟しなければならないでしょう)。
  少なくとも係争の決着がつくまでの間、不動産の占有(対外的な管理責任)はこちらにあり、その間に危険な擁壁が崩壊したりすると、さらなる重大トラブルの当事者となってしまいます。擁壁の現況からして危険性が大きいと思われる場合は、専門業者に相談するなどして、応急対策はした方が良いと思います。かなり費用がかかりますが、人身被害のトラブル当事者となることを思えば、リスクヘッジとしてやむを得ません。
 先般解決した事件の例では、当初、隣地内(土地境界部)の間知石空積み擁壁が崩壊し、こちらの土地に土砂などが流出して家屋損壊・原告家族の負傷という事故が起きましたが、その数年後(売主等に対する訴訟継続中)の大雨で、道路側の擁壁も崩れて石材や土砂が前面道路に流出してしまいました。
 この件は最終的にカタがつき、幸いに人身被害も出ませんでしたが、崖崩れが起きる数分前には、複数の人がその道路を通行していたそうです。擁壁の補強は簡単ではありませんが、せめて、土地の表層を不透水素材で被覆して、排水溝を設けるなどの大雨対策をしておけば良かった(私が依頼者の方にアドバスすべきだったのか・・)と思うところです。

◆購入時に細心の注意を!
◇わからないことをそのままにして買わない
 長々書きましたが要は、擁壁の問題に限らず、何らか不都合のある不動産をいったん購入してしまうと、後になってリスクを具体的に認識したり問題事象が生じたとしても、契約の巻き戻しや損害賠償請求などが必ず認められるとは限らないということです。
 その不都合に関してこちらが全くの素人+不動産の現況から容易に判明する問題ではない+売主側から直接的・間接的な説明を全く受けていないという場合、事後的には(売主等に対する責任追及等の関係では)むしろラッキーという面があります。
 一方で、先に例を挙げて考えてみたような微妙な説明がなされていた場合、買主が、その不動産の不都合や具体的リスクを契約時に十分認識していなかったとしても、当事者や契約にまつわる諸事情、判断者(裁判官)といった要素によって、その不都合は不動産の性能として契約上予定されていたものだと認定されてしまうおそれがあります。
 買主として問題のある不動産をつかまないためには、ちょっとしたことでも違和感があれば、それをそのままにして購入しないことが肝心です。その不動産に素人目でも引っ掛かりを感じる点があれば、契約前に専門家の意見を求める・詳細調査をするなどの用心をすべきでしょう。
 売買契約書や重要事項説明書の記載に不明点がある場合は、遠慮なく突っ込んで質問し、その場で納得できなかったり、回答内容から何らかのリスクを察知した場合は、契約を延期するくらいの慎重さがあって良いと思います。私が過去に受任した擁壁トラブル事案の依頼者(買主)は、「売主は瑕疵担保責任を負わない」という旨の契約条項について、「瑕疵担保責任」の意味がわからなかったものの(一般人になじみのない法律用語について、仲介業者からかみ砕いた説明がされていないのは問題です)、質問を躊躇してそのまま契約されたそうですが、大変後悔することになったのは言うまでもありません(裁判でやっかいな争点となってしまいました)。

◇築造時は健全な擁壁であったとしても
 技術基準にばっちり適合して造られた擁壁であっても、建築物はいずれ必ず劣化します。自分の代で不具合が生じなくても、いつかはメンテナンスや築造替えが必要になるということです。
 丘陵の造成地が多い我が国で、崖や擁壁のある土地が宅地の選択肢となるのはやむを得ない面がありますが、あまりにも範囲が広い(高い・長い)擁壁に囲まれた土地の購入を検討される際は、子や孫の代のこと、売却のタイミングなども考えておかれた方が良いかもしれません。

・・といっても、一般消費者の方がこのページを見ている場合、すでに擁壁関連の土地トラブルを抱えている段階なのではないかと、さんざんウンチクを傾けてから思い当たっているのでした。

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