建物の防火に関する建築基準法の規制は、基本的に、建物間の延焼・類焼の防止や抑制を重視したものとなっています。
もっとも、一定規模以上の耐火・準耐火建築物や小屋組が木造の建築物は、屋内での延焼防止も考慮して、建物内や小屋裏に防火区画の設置が求められています。これに対して、一般的な小規模木造住宅の場合、建物のある箇所で発生した火災を他の箇所に延焼させないことを目的とした法律上の規制は存在しません。
しかし、一般的な木造住宅についても、外部からの延焼防止だけではなく、建物内の各室防火(※1)や、他室への延焼遅延(※2)といった区画防火を実現するための防火仕様があります。省令準耐火構造といい、住宅金融支援機構(旧・住宅金融公庫)が、「木造住宅工事仕様書」に定めている機構独自の仕様です。
(※1)火災が発生した区画(部屋)から火を出さない(他の区画に延焼させない)こと
(※2)火が区画外に出た場合も、他室への延焼を遅らせること
枠組壁工法(ツーバイフォー)の建物については、古くから省令準耐火構造の仕様が定められていたようですが、在来軸組工法の建物については、平成22年版の仕様書から施工基準(仕様)が掲載されるようになっており、比較的歴史の浅い工法といえそうです。
火災保険料の優遇もあってか、ここ数年で急速に普及し、住宅金融支援機構から住宅ローン融資を受けていない建物についても、省令準耐火構造の採用が増えている印象を受けます。
ところが、この省令準耐火構造の仕様を厳密に守ることは、そう容易ではないと思われます。
構造原理の理解を前提として、仕様書が定める諸々の技術基準に精通しておく必要がありますし、その施工の手間たるやかなりのものです。施工会社によって省令準耐火構造のオプション料もまちまちでしょうが、タダ同然の業者もあるとかないとか。しかし、きちんと施工するのであれば、タダなんかでは無論、少々の工事費用上乗せでは絶対に割に合わないはずです。
省令準耐火構造の防火区画を構成する壁や天井には、防火被覆材として石膏ボードを施工します。その施工方法には、施工箇所(壁の場合、建物外周部か間仕切壁か、天井の場合、上階に床がある部分かそうでないか)、使用できる石膏ボードの種類(通常の石膏ボードor強化石膏ボード)、厚さ、施工枚数(1枚張りor2枚張り)、金具の留め付け間隔等、様々な組み合わせパターンがあります。
石膏ボードの留め付けに関する施工不良としてよく見られるのは、金具(GNF40という釘が多く使われています)の留め付け間隔違反です。
一般に、壁に施工する面材の釘打ち間隔は、外周部100mmないし150mm、中間部200mmという基準とされていることが多いのですが、省令準耐火構造の防火被覆材としての石膏ボードは、外周部・中間部とも150mm間隔で留め付ける必要があります(石膏ボード2枚張りの場合、2枚目ボードについては外周部・中間部ともに200mm間隔でOKです)。
防火区画内で火災が発生した場合、熱せられた石膏ボードが反ったりたわんだりすると、ボードと軸組の間に隙間ができて、火炎が他の区画に侵入してしまいます。そうした石膏ボードの変形を抑えるために、密な間隔の釘打ちが求められているのです。
この基準を知らずに(あるいは知っていての手抜きなのか)、石膏ボードの中間部が150mm超の間隔で釘留めされていることが多く、外周部の釘留め間隔さえ150mmを超えていることはめずらしくありません。
天井と壁の取り合い部も施工不良が多いところです。この取り合い部は壁勝ち(壁材に対して天井材を突き付け)とし、壁面の石膏ボードを横架材(桁や小屋梁)まで張り上げるなどしたうえ(※3)、ファイヤーストップという木材を壁と天井の取り合い部に設置する必要があります。
(※3)そうしない場合、壁面の石膏ボードと上部横架材の間や、壁内の空間を
別の方法で区画する必要があります。
ところが、石膏ボードが横架材まで張り上げられず、壁内や壁と横架材の間が区画されていないとか、ファイヤーストップが設置されていないといった、防火区画の構成に関する不備がまま見受けられます。
小屋裏や天井裏の一部についての施工漏れだと思われるケースもあれば、特定の項目については適切に施工されている箇所が全くない(ファイヤーストップ材がひとつも設置されていない等)ということもありました。
これまで取り扱った事件や、現場を見学した省令準耐火構造の建物で、絶対に違反が見られた項目が、壁や天井に設置する設備機器の防火被覆です。
居室のコンセントボックス・スイッチボックスやダウンライトは、壁や天井のボードに穴を開けて取り付けることになります。その穴から火炎が壁内や天井裏に侵入することがないよう、こうした器具は背面を石膏ボードや断熱材で覆うか、予め省令準耐火構造に適合する被覆がなされた器具を使用する必要があるのですが、私が見聞きした範囲では違反率100%といったところです。(ダウンライト背面の防火被覆不備は、以前のコラムでもご紹介しています。)
先日、建築士さんに連れて行っていただいた現場建物は、省令準耐火構造のはずなのに、それらしき施工がどこにもされていないというトンデモなものでした。特定の数か所とか個別の項目に関する欠陥というレベルではなく、小屋裏には防火区画と呼べるような防火被覆材の施工は全くなされず、壁内もスカスカ、居室部の石膏ボード釘ピッチ違反や設備機器の防火被覆未施工は当然といった状態です。
これは知識不足とか単純な施工不良などの問題ではなく、省令準耐火構造にするつもりもないのにその仕様で新築工事を受注したという、詐欺同然の悪質な事例かと思われます。
以上の通り、省令準耐火構造は、仕様をきちんと遵守して施工しようとすれば、居室内のあらゆる壁や天井のボードを通常よりも密な間隔で留め付け、多数存在する壁と天井の取り合い箇所を適切に防火区画し、これも多数にのぼる設備器具を防火被覆するか所定製品を使用するという、相当な手間や注意を要するものです。たくさんの欠陥が見つかるのは、安易な認識のもと、全く不備なく施工するのは至難な仕様だということの裏付けではないでしょうか。
省令準耐火構造に関する欠陥防止のためには、ハウスメーカーや設計監理者、建築主のそれぞれが、このことを肝に銘じておく必要がありそうです。
なお、私が以前担当した事件の被告(ハウスメーカー)は、省令準耐火構造違反の瑕疵について、「省令準耐火構造のオプション料に相当する費用(数十万円)を原告に返還する。損害賠償や補修はしない。」などと裁判で主張していました。しかし、瑕疵を作り出した側が、瑕疵の存在を理由として契約の一部解除のような主張をすることが許されるはずもないのは言うまでもありません。
余談ですが、「特定住宅瑕疵担保責任の履行の確保等に関する法律」(いわゆる瑕疵担保履行法)が、新築建物の「構造耐力上主要な部分」や「雨水の浸入を防止する部分」の瑕疵について、施工業者等に瑕疵担保責任履行のための保険加入等を義務づける一方、建物の防耐火性能に関する瑕疵をその対象に含めていないのは、法律の不備ではないかと感じています。
省令準耐火構造は、法律上規制のない小規模木造建物の屋内延焼防止を目的とした契約仕様ですから、その違反を瑕疵担保履行法の対象外とするのはともかくとして、建築基準法が建物間の延焼・類焼防止のために屋根や外壁に要求する性能の瑕疵について、構造安全性に関する瑕疵と扱いを異にする合理的な理由はないように思います。木造建物の多い日本で、建物のもらい火による火災リスクが地震や台風のリスクよりも小さいとはいえないのではないでしょうか。