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掲載日: その他

タイトル建築訴訟の補修費用審理について、モデル的な手法がそろそろ編み出されてほしい件

 いつの間にか、手持ち事件のほぼ全てが建築土木関係となった私、長年困り続けているのが標記の問題です。
 建築瑕疵が争点となる事案で、建築主・買主・所有者の施工者や売主に対する主な請求は、瑕疵修補か補修費用の支払となります。少なくとも、令和2年民法改正前の事案について提訴する場合、修補の請求を立てることはごく稀で(※1)、ほぼ全ての事件で補修費用の支払を請求してきましたが、その審理運営方式は未だ確立されていない状況だと思われます。
(※1)事案の性質や依頼者のご意向により、提訴となっても修補の請求を立てる場合もありましたが、「金N円(補修費用等の損害額)を支払え」という請求の趣旨は1分で書けるのに対し、「別紙工事目録記載の工事をせよ」とする場合、工事内容を紙面に表すのがものすごく手間なので、できるだけやりたくないというのが本音です。
 あくまでも私の観測範囲ではあるものの、現状では裁判所も手探りというか、付調停事件の場合、裁判官によっては、審理運営自体を専門家調停委員に丸投げしているように見えることさえあります。そういう現実もあり、事件や裁判体によって、訴訟の展開や結論の質、当事者の負荷も非常にまちまちになってしまうのがどうにも困ったところです。
 なお、建築訴訟に関する文献は、裁判官が執筆したものも含めてバイブル的な書籍がいくつかあり、瑕疵論だの責任論だのは割と語りつくされていますし、一般的な補修方法については、かなり詳しく書かれているものもあります。しかし、相当補修費用の認定にフォーカスして、審理運営のあり方などについて具体的に触れている文献は今のところ見当たりません。
 補修費用に絡む問題は、結局は事案による個別性が強いので、一般的なノウハウの定立になじみにくいという面はあろうかと思いますが、ちょっとどうにかならないのかと昨今思い続けている次第です。

◆相当補修費用の審理はなぜ難しいか
 この問題について、今月、欠陥住宅全国連絡協議会岡山大会で講演をしました。その関係で、補修費用の審理を難しくする要因を自分なりに整理してみたところです。

*相当補修「費用」の認定は、重層的争点の末端にある

 上図の通り、補修費用の認定に至るまでには、①瑕疵性(問題となる不具合が、契約不適合や基本的安全性を損なうものと評価できるか)、②補修の必要性、③当該瑕疵を直接的に是正する相当補修方法、④相当補修に付随する工事の範囲(仮設工事、仕上材や設備の撤去復旧工事など)、⑤:③④各々の工事数量・単価という多段階の判断を経ることになります。
 個別の瑕疵についてみたときに、①②については実質的な争いがない・ほぼ固いものがそれなりにある事案も多いとはいえ、直接的な立証範囲や、期間内の権利行使だの、責任期間の約定の有効性だのといった問題が絡んでくることもあります。通常は、瑕疵性が認められるのなら補修の必要性はありということになりますが、「過分の費用」(旧民法634Ⅰ但書)という争点が生じることもなくはないです。
 ③④について、特に問題になってくるのは④の方です。例えば、木造軸組筋交い端部の固定不良という瑕疵があるとして、それ自体の直接補修費用(③)は大したことありませんが、その補修をするために、壁下地や仕上材・取り付き設備を撤去復旧する費用(④)はそれなりの額になります。
 ①~④の判断を経てようやく、直接補修と付随工事を実施するのにいくらかかるのかという、広義の相当補修費用(⑤)を認定することになります。
 各々の争点について当事者双方があれこれ主張したうえ、裁判所が判決や調停意見という形でまとめて判断を示すというやり方だと、裁判所・当事者共に審理の負担が大きく、当事者にとっては結論の不意打ち感が強いという事態にもなります。

*複数瑕疵項目の補修費用に重なり合いが生じる
 現実の建築紛争のほとんどでは、複数の瑕疵が取り上げられます。そこで問題になるのが、補修費用の重なり合いです。
 ある瑕疵の直接補修が、別の瑕疵補修の付随工事に丸々含まれるというような場合(※)や、複数瑕疵補修の必要付随工事が完全に重なり合うという場合は、そこまでややこしい話にはなりません。
(※)同一の壁について、筋交い端部の固定不良と、石膏ボードの留め付け間隔違反という不具合がある場合を例にとると、前者の直接補修実施にあたって撤去する石膏ボードを復旧する際、適切な留め付けを行うことで、後者の不具合は解消します。
 いやらしいのが、複数瑕疵(不具合)の補修工事が部分的に重なり合ううえ、各不具合の瑕疵性に絡む微妙な問題が多いため、蓋を開けるまで、補修費用の総額がどう認定されるかわからないというような場合(私が扱う事件は、このパターンが多い)です。
 先述の講演にあたり、複数瑕疵項目について、直接補修に要する付随工事(壁や天井の部分撤去)の範囲が重なり合うというモデル事例↓を設定したのですが、こういう事案では、何もかもが本当にやりにくいです。

◆瑕疵一覧表が全然使えない問題
 ここで、建築訴訟を手掛けたことのある弁護士にはおなじみ、東京地裁民事第22部発祥「瑕疵一覧表」について考えてみたいと思います。これが、補修費用の審理ツールとしては全然使えず、何ならむしろ有害なんじゃないかとさえ思っている今日この頃です。

 同地裁の「瑕疵一覧表作成にあたってのお願い」と題する文書には、「損害」欄の記載方法として、「①『主張』欄に補修方法及び補修金額の根拠を記載し,②『金額』欄には補修費用を記載し,③『証拠』欄には補修方法に関する意見書や見積書など,補修方法の相当性とその費用の算定の合理性を示す証拠を引用してください。補修方法は,施主がどのような補修を求めているかを示すものですので,できる限り具体的に記載してください。」とあるのですが、ここで想定している「金額」(補修費用)とは、いったい何なのか(直接補修費のみなのか、必要付随工事費・仮設工事費まで含めるのか、税込税別なのか)は明示されていません。
 必要付随工事費等まで含めた補修費用だとすれば、個別の瑕疵間で金額の重複が生じる(一覧表の補修費用合計額は、当事者が主張している補修費用の総額を上回る)ことになりますが、それで良いのでしょうか。
 しかしおそらく、瑕疵一覧表に補修費用記載が求められる趣旨は、裁判所として、「一覧表の1、3、5番(例)の瑕疵について補修の必要性を認める場合、それらの補修費用合計額は、各瑕疵の損害(金額)欄足し合わせ」というふうにしたいからなのです。それができないのなら、損害の「主張」欄はともかく、「金額」欄を埋める意味ってなくないですか。私は、大昔はそれを真面目にやっていたのですが、提訴時に提出している補修工事の見積書(当然、主張する全ての瑕疵を一度に補修する前提であり、必要付随工事等の重複部分について、同じ壁や天井の石膏ボードを何回も撤去復旧するような前提では作っていない)を分解して、瑕疵ごとの補修費用を算定するのは非常に大変です(建築士さんと細かく打ち合わせをしなければならず、依頼者の方にとっては訴訟コスト増となります)。それでも、結局意味ないやん・・となり、現在、一覧表の金額欄は空白のままとすることが常態化しています。

 この点、東京地裁「瑕疵一覧表記載例」に取り上げられている瑕疵は、補修箇所や工事の重なり合いなどが全然なさそうで、いいですねぇ。そもそも瑕疵の数が2つなら、一覧表にしなくて良いのでは・・。

◆誰か、効率的な審理運営手法を編み出してほしい
 というわけで、東京地裁でもどちら様でも、相当補修方法・費用の認定まで見据えた、効率的な審理運営スキーム、瑕疵一覧表に変わるツールなどを編み出していただけないでしょうか。私では、汎用的なやり方を今のところ考えつきませんし、相当な難問だと思うのですが。
 ちなみに、岡山大会での講演は不評というか、参加されていた弁護士で、「細かいこと気にしすぎ。訴訟で取り上げるのは大きな瑕疵3つまでに絞って、補修費用の審理など裁判所に任せればよい」という方もいました。私としても、面倒な争点がない・立証範囲等の問題もなく認定が固そう(かつ、いずれも補修費用が大きい)というごく少数の瑕疵に絞れる事件だけであれば、それに越したことはないと思うのですが、先述の通り、それでは片付かない事案も多いのです。欠陥住宅全国ネットの大会に参加されるような、建築紛争に関して意識高い系?の弁護士の方でもそういう感じなのか(補修費用についてギチギチ争うべき事件がない?)と驚いたところでした。
 また、他の弁護士が、補修費用に関して瑕疵一覧表の扱いをどうされているのかという点も興味深いところで、同じく岡山大会参加者の方からは、「損害欄(補修費用の金額等)は建築士さんに書いてもらっている」とお聞きしました。そのあたりのやり方も、人(訴訟代理人弁護士)によってまちまちで、全国的に、補修費用に関する攻撃防御や審理運営は、何となくふわっとした感じで行われているのではないかという印象を持ちました。私自身、個別の事件処理にあたって補修費用の問題をどこまでどう争うかは、「徹底的にやるより、今の裁判官のうちに終わりたい」「こりゃ、裁判官の異動待ちだな」といった要素に左右されるところもあり、最適解は見えていません。

 なお、瑕疵一覧表の問題点については、日弁連(住宅紛争処理機関検討委員会、消費者問題対策委員会土地・住宅部会)と、最高裁・東京地裁民事第22部・国交省の次回協議会で、議題として取り上げていただけそうな運びとなりました。その点だけでも、裁判所と問題意識を具体的に共有できるのなら、補修費用をめぐる審理運営上の課題全般について、突破口が開けるのでないかと期待しているところです。

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