Topページコラム/近況報告その他 › 「大崎事件と私」と私
コラム/近況報告
掲載日: その他

タイトル「大崎事件と私」と私

 鴨志田祐美弁護士著「大崎事件と私~アヤ子と祐美の40年」を読みました。
 司法修習生時代に大崎事件(第1次再審請求即時抗告審係属中)と出会い、特別抗告審で新米弁護士として弁護団加入し、第2次~第4次再審請求では弁護団事務局長として八面六臂のご活躍をされている鴨志田弁護士の弁護士人生と、再審請求の展開や請求人原口アヤ子氏との関わりが詳細に語られているノンフィクションです。

 記事タイトルについてですが、私がこの本に興味を引かれたのは、建築紛争事件の師匠である故・幸田雅弘弁護士が大崎事件弁護団メンバーであったためです。
 作品中には、幸田弁護士の大崎事件弁護団活動の軌跡・鴨志田弁護士との交流が描かれているほか、私がゆかりのある弁護士の方々(医療過誤事件でお世話になった八尋光秀弁護士、修習同期の泉武臣弁護士)や、司法修習で第一審裁判を傍聴した「湖東記念病院事件」の冤罪被害者(西山美香氏)が登場しています。
 「刑弁教材だった『高隈事件』の無罪判決を獲得した弁護人は、幸田先生と八尋先生なのか!」「(幸田弁護士と八尋弁護士が)『司法修習生時代に、裁判官に引率されて見学に行った某大企業で、引率した裁判官と司法修習生に豪華な昼食が振る舞われた際、そのような馴れ合いを嫌い、退出したというエピソード』(17頁)は、幸田先生から直接うかがったなぁ」などと、個人的な感慨を抱きつつ読み進めました。

 約700頁の本作品ですが、内容の魅力に加えて文章も読み易いというリーダビリティで、ほぼ一気読みでした。
 大崎事件の再審請求は
第1次:一審(再審開始決定)→即時抗告審(一審決定取消)→特別抗告審(抗告棄却)
第2次:一審(再審請求棄却)→即時抗告審(抗告棄却)→特別抗告審(抗告棄却)
第3次:一審(再審開始決定)→即時抗告審(抗告棄却)→特別抗告審(再審開始決定取消)
第4次:一審係属中(今ここ)
という経過を辿るのですが、弁護団の奮闘と歓喜・失望が繰り返されるジェットコースター的展開で、読み易いものの、読むのに体力は使いました。特に、第3次再審で地裁→高裁と勝ち進み、最高裁で前例のない請求棄却自判となったくだりでは(この展開はリアルタイムで知っていたものの)弁護団の失望や怒りがそのまま伝わってくるようでした。第3次の一審・即時抗告審のどちらの決定時か忘れてしまいましたが、泉弁護士と祝意を伝えるメールのやりとりをした数年後、最高裁決定のニュースを見て絶句したときのことを思い出しました。
 ここで終わらないのが大崎事件弁護団であり、新たな戦力も加わり新証拠を携えて第4次請求に向かうのですが、読後は深く考えさせられました。刑事司法の現実は「疑わしきは検察官の利益に」であり、公益の代表者であるはずの検察にとって最優先なのは組織防衛であることなど、弁護士のはしくれとして理解していたつもりでしたが、その弊害が集約するのが再審の世界なのだなあと。
 作品全体の所感として、鴨志田弁護士の情熱と志と人間力、そして体力に圧倒されるのですが、こうした超人的(と私は思います)な弁護士の献身をもってしても再審の扉は容易に開きません。
 そもそも、無辜の人を救済するのは本来的に国家の役割ではないでしょうか。個人事業主である弁護士が手弁当で必死に活動するにあたり、通常事件の受任や処理、事務所経営、ライフワークバランスなどに影響しないことはありえません(本作品には、このあたりのこともある程度率直に書かれています。鴨志田弁護士にとって大崎事件との出会いが幸せなものであるにせよ、経営事務所を閉められるくだりは切ないものがありました)。
 この点で印象的だったのは、鴨志田弁護士が台湾の検察総長と面談されたときのエピソードです。台湾では、「検察官は・・日本のように刑事裁判の『当事者』として勝ち負けにこだわる以上に、『人権の守護者』として客観的立場から真実を発見し、公益を実現することで国民の信頼を得ようとしている」(577頁)というスタンスだそうです。
 日本の刑事司法もこうであったら、大崎事件はとうの昔に再審開始→無罪判決となっていたでしょう。裁判官の当たり外れや、公益の代表者とは思えない勝ち負け命の検察に翻弄される再審制度の現状が変わるように、鴨志田弁護士の悲願である再審法改正(証拠開示制度の整備、検察官による抗告禁止)が実現することを願います。

 多くの法曹や一般の方に読んでいただきたいと思う本でした。
 
ページも先頭へ