Topページコラム/近況報告その他 › 事例紹介(6)◆カビも建築集中部も怖い事件③◆
コラム/近況報告
掲載日: その他

タイトル事例紹介(6)◆カビも建築集中部も怖い事件③◆

◆建築集中部と調停と私
 さて、冒頭に書いた通り、本件の訴訟経過は思い出したくもないという心境となった背景について、建築訴訟の審理に関する歴史(というほど昔っからのことは知りませんが)を振り返りつつ、そこそこの毒を吐きます。

*建築集中部がなかったころ ―裁判所による専門委員制度の濫用?―
 今から確か6年前くらいに、福岡地裁本庁の某民事部が建築集中部となりました(その少し前から、建築瑕疵絡みの事件がやたらにN民にかかるなとは思っていましたが、「第N民事部は建築集中部です」ということが対外的に明らかにされたのは、その頃だったと思います)。
 それ以前は、建築訴訟は色々な部に係属し、体感的には6割以上が合議事件になっていました。また、ほとんどの事件で専門委員(基本1名)が選任されていました。
 専門委員とは、裁判所が「訴訟関係を明瞭にし、又は訴訟手続の円滑な進行を図るため必要があると認めるとき」に「専門的な知見に基づく説明を聴くために・・手続きに関与させる」専門家であり(民訴法92条の2)、建築訴訟の場合は通常、建築士が選任されます。
 この専門委員制度、私の認識する限りでは、建築紛争を手掛けている全国の弁護士の間でおしなべて評判が悪かったです。曰く、「専門的な知見に基づく説明」をする立場であるはずの専門委員が、鑑定人であるかのように「意見」を述べている(裁判所もそれを許容している、何なら積極的に求めてさえいるように思われる)、鑑定意見であれば理由を付した書面の形式だが、専門委員が口頭で事実上述べている「意見」はその根拠が見えない(しかし、裁判官の心証形成には絶大な影響を与えているであろう)などなど。
 私も、めったなことでは鑑定など実施すべきでないという立場ですが(費用が高いうえ、鑑定意見の質に保証があるわけではない)、専門委員が、いわばカジュアル鑑定人かのように手続に関与する状況は苦々しく思うところもあり、「裁判所は機械的に専門委員を選任しすぎ。事案や主張について『説明』を聴きたいのなら、まずは当事者(代理人)に十分な釈明でもすべき」と感じていました。
 事案の「説明」という点でいえば、裁判所の要請で、事案の詳細や建築技術論について口頭で補充説明をする進行協議期日が持たれることもありましたが、並行して専門委員が選任されたりもしていたので、裁判所は結局のところ、専門的知見に基づく「意見」を求めていたのだろうと思います。
 この時代、私は専門委員の当たり外れを非常に気にしており、自分の中のブラックリストに載っている人(約2名)が選任されるのではないかと冷や冷やしてしていました。実際、マイリスト掲載建築士の方にはそれぞれ複数の事件にご関与いただくことになり、期日の都度、「ほんっとテキトーなことおっしゃいますねぇ」「弁論主義というものがあるのだから、そこ裁判所からもきっちりご指導くださいよ」などと(一応心の中で)呟いたりしていました。
 が、振り返ってみるに、「専門委員がハズレなせいで、審理経過や結末がエライことになった」という事件は、基本的になかったように思います(1件だけ、よろしくない専門委員の質が、審理経過に相当程度反映されたなと記憶している事件がありますが)。
 専門委員の発言から裁判所に変な心証をとられないよう、主張立証を余計に頑張ったという面もありますが、これも振り返ってみるに、専門委員が残念だった事件でもそう大惨事にならずに済んだのは、裁判所(合議体でも単独でも)がしっかりされていたからだろうなと思います。

*建築集中部ができてから ―色々、どうなんですかね―
 というわけで、裁判所は本来的に、専門訴訟では専門家の「意見」を求めたいのに、専門委員制度を脱法的に活用するにも限度がある、鑑定も相当に事件を選ぶということで、建築訴訟の審理運営で現在の主流になっているのが付調停(民調法20条)です。調停委員は、堂々と「専門的な知識経験に基づく意見を述べ」られる立場ですから(同法8条1項)、裁判所にとって調停はありがたい制度だろうなと思います。
 福岡地裁は、建築訴訟への付調停導入に併せて、建築集中部を創設しています。それから幾星霜(いや6年ちょい)いくつかの事件を経験して思うには、建築訴訟における付調停の活用そのものは決して悪くありません。
 調停事件の多くでは、調停委員会の意見は基本的に書面で提出されるのですが、弁論終結+判決の前段階で、その時点における裁判所の判断を確認できるステップがあるというのは大きなメリットだと思います。調停意見の質にもよりますが、それなりに検証可能なものであれば、おかしいところにきちんと突っ込みを入れることができますし、その過程を経て、再度の調停意見が出された(それで調停が成立した)ということもあります。
 が、本件訴訟の経験も踏まえて今感じているのは、福岡地裁における付調停の運用は、当事者にとって極めてリスクが大きいものになっているということです。それは、「建築訴訟は問答無用で建築集中部に配転され(それ以外の部に係属する余地がない)、建築瑕疵が絡む事案というだけで単独事件になる」からです。

**深刻な裁判官ガチャ問題
 どんな組織でも、優秀層:中間層:下位層の割合が2:6:2になるという「働きアリの法則」なるものがあります。これは、同一の利益実現を目指す組織(企業やその部門など)における、メンバーの貢献度合いに関する経験則でしょうから、職権行使について高度の独立性を有する裁判官の集団(という概念がそもそもないかも)には妥当しない気もしますが、裁判官を優秀度合いでざっくり分類するとすれば、体感的には、やはり上記のような割合になる気がします。
 構成員の数がそれなりに多い組織の場合、優秀層の中でも抜きん出ている人や、下位層の中でも突出して残念な人などがいるでしょうが、これまた裁判官についても妥当するところで、「素晴らし過ぎて、裁判官評価アンケートの全項目で満点以上」というような方も、「とにかくもう残念(詳細は自粛)」という方も、稀にいらっしゃいます。
 経験上、この上下どちらかに極端に振れている裁判官は、多く見ても全体の各5%程度だと思われます。確率論でいえば、残念裁判官にヒットする割合は20件に1件弱くらいということになり、東京や大阪地裁クラスの大規模庁であれば、専門部や集中部にそういう裁判官が1人くらい紛れ込んだとしても、そのヒット率はそう変わりません。
 しかし、現状の福岡地裁建築集中部の場合にそうはいきません。まず、福岡地裁くらいの規模の庁に集中部が作られると、その取扱類型の事件が特定の係に係属する確率は、単純計算で5~6分の1(合議係+単独係の合計数分の1)程度となります。しかし、建築紛争事件(※)は一律に付調停(裁判官である調停主任1名と、建築士である民事調停委員人2名)を想定している関係で、建築集中部がなかった頃には確実に合議係に配転されたと思われるかなりの複雑困難事案でも、単独係に係属するのです。
(※)数年前まで、土木関連事件は他の部に配転されることもありましたが、近年は建築のみならず土木関連事件も全て建築集中部に回されます。
 ここで、単独係裁判官のうち1名でも残念な方の場合、上記ヒット率は約4分の1にまで跳ね上がることとなります。合議体の裁判長や主任裁判官が残念気味という状況でも辛いところなのに、残念裁判官の単独係ヒット率が25%という場合、もはや提訴は相当なギャンブルです。
 このギャンブルはどういうわけだか、かなりの複雑困難事案や、裁判所の舵取りが重要になりそうな事件に限って残念係にヒットするという、非常によろしくない外れ方をする傾向にあります。さらにどういうわけだか、福岡地裁建築集中部は、他の裁判官は優秀~超優秀だったりするので、「(訴額が同じなら)同じ印紙代払ってるのに、審理運営の質がここまで違うものかね・・・・」と、国のサービス利用にあたって担当公務員を選ぶことができない現実の理不尽を痛感することになります。
 以前は専門委員の当たり外れを気にしていた私ですが、気がつけば、裁判官の当たり外れしか気にならないようになっていました(今のところ、調停委員の良し悪しまでは気が回りません)。
 もっとも、事件の結末にのみ着目するなら、残念裁判官だからといって、その残念っぷりが必ずしもこちらの不利益に働くと決まっているわけではない、下手に波風を立てることによってそのリスクが高まるのであるというのが何とも微妙なところです。
 耐え難きを耐えてうまく立ち回るのが最適解であると頭ではわかっていても、他の裁判官に係属した場合とは比べものにならないほど事件処理に時間・労力・コストを要することになるため、当事者代理人としては審理過程で異常なストレスが蓄積されていき、忍耐力の限界を試される何の罰ゲームだという状況に陥ります。
 そして、事件の結末としても、残念裁判官の残念っぷりは、概ねどちらの当事者にもそれなりの遺恨を残すのです。

**そもそも、合議相当事件もあるし
 建築集中部において裁判官ガチャ問題がない(全係の裁判官の質が高値安定)という状況を仮定しても、建築瑕疵が絡む事件であれば(付調停を前提として)一律に単独係配転という運用は、本当に見直してほしいと思います。
 設計施工の瑕疵性、相当補修方法や費用しか争点がないという「ザ・建築訴訟」という事案であれば、裁判官1名、建築士2名という調停委員会による調停も悪くないと思います(裁判官ガチャさえなければ)。
 しかし、一口に建築紛争といっても、争点が瑕疵関連のみとは限りません。「こんなの慎重を期して合議でやってほしい。調停委員は裁判官ではないのだから、手続主催者の構成員数が(裁判所の合議体と)同じなら良いという話じゃないし」と思うような、諸々の事実認定や法的評価が難しい事件は相当数あります。
 福岡地裁の医療集中部では医療事件は全件が合議係配転なのに、同じ集中部でもえらく運用が違いますよねと思わずにいられません。

*まとめ
 建築訴訟について、以上思うところを要約した独り言です。
・調停制度が今後うまく活用されていってほしい。
・付調停前提で機械的に単独係に配転せずに、合議相当事件でないかを慎重に吟味してほしい。
・建築集中部は廃止してほしい(いろんな部で調停をすれば良いと思う)。

 色々とぶっちゃけ過ぎ、偉そうに裁判官批判などして何様だというご意見もありそうです。ハイ、裁判官の質のバラつきなんて弁護士の質のバラつきに比べれば誤差レベルなのかもしれませんし、自分が弁護士としてナンボのものかと省みれば、人のことなどとやかく言えたものではないのかもしれません。
 それでもあえて今回このように書いたのは、自分の堪え性のなさを割り引いても、本件訴訟ではいろんなことがあまりにも骨身に応えたからです。そして福岡地裁に建築集中部が存在する限り、今後も同じような事態は避けられないでしょう。裁判は修行だなあ。

ページも先頭へ